飼い喰い

獣医師にも色んな獣医師がいる。私のようないわゆるペットの小動物を診る者、酪農家の乳牛を診る者、競走馬を診る者、臨床ではなく食肉検査など公衆衛生の現場で活躍する者など多岐にわたる。もちろん養豚に関わる獣医師も屠畜に関わる獣医師もいる。
世界各地の屠畜現場を取材してきたルポライターが「自分で豚を飼って、つぶして、食べてみたい」という衝撃的な体験ルポである。
内澤旬子「飼い喰い」を紹介。
屠畜の現場、数多の家畜の死の瞬間を見てきた著者は自らの生存を支える「肉」がどのように生まれ、どんなところで育ち、つぶされるに至るのかに興味をおぼえ自らの手で住居の軒先に小屋を作り豚を飼い育て屠畜場に送り最後は食べるというお話。
千葉県旭市での豚舎建設の四苦八苦がコミカルで(著者はかなり必死)さらに豚がやってきてからの豚との触れ合いがとてもハートフルに感じられた。品種の異なる豚を3頭飼うのだがそれぞれに名前をつける、そしてそれぞれの個性についての記述、作中で著者は否定するのだが私には生き物に対する愛が感じられた。とにかく3匹の豚との暮らしが微笑ましい、色んなトラブルに見舞われるのだがそれを楽しんでるかのような著者。しかし、しっかり現在の養豚業界のルポも忘れていない。
悪戦苦闘の日々が続くが出荷の日も近づく。「食べる」が前提だが「かわいい」「飼い続けたい」などの矛盾ともとれる著者の心の動きも表れる。
屠畜する前に少しでも太るように食事を工夫し屠畜場へ。屠畜場での描写はあえてサラッと流したのかバタバタしてたからなのかわからないが切なさが残った。きっと著者も相当切なかったと思うが。
そしていよいよ「食べる」である。処理された豚(肉?)をフレンチ、タイ、韓国料理で食べる会の開催。それぞれの料理人が腕をふるい200人以上の人の胃袋へ。その会で促され豚を食べた著者の感覚がドラマチックである。以下本文より、、、噛みしめた瞬間、肉汁と脂が口腔に広がる。驚くほど軽くて甘い脂の味が、口から身体全体に伝わったその時、私の中に、胸に鼻をすりつけて甘えてきた三頭が現れた。彼らと戯れた時の、甘やかな気持ちがそのまま身体の中に沁み広がる。帰って来てくれた。夢も秀も伸も(豚の名前)、殺して肉にして、それでこの世からいなくなったのではない。私の所に戻って来てくれた。今、三頭は私の中にちゃんといる。これからもずっと一緒だ。たとえ肉が消化されて排便しようが、私が死ぬまで私の中にずっと一緒にいてくれる。 以上本文より、、、
養豚業者でもない素人の著者が豚を飼い、つぶし、食べるというショッキングなルポが何とも心を温め潤すという予想外の展開に揺さぶられた。
しかし一番揺さぶられたのは前ぶれなく現れた著者と豚の頭蓋骨のスナップ写真である。こんなことをやり遂げた人とは思えぬ美人なのだ。(笑)

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